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東京地方裁判所 昭和49年(ヨ)2282号 判決

東京都港区南青山五丁目四番四四号

川田方

申請人 古木信子

右訴訟代理人弁護士 沢藤統一郎

〈ほか一二名〉

フランス国パリー市マックスイーマンススクアール一番地

日本における営業所

東京都港区赤坂二丁目五番五号

被申請人 エール・フランス・コンパニー・ナショナル・デ・トランスポール・ザエリアン

日本における代表者 ピエール・ストッケル

右訴訟代理人弁護士 森俊夫

渡辺昭

右当事者間の昭和四九年(ヨ)第二二八二号地位保全仮処分申請事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

1  申請人が被申請人に対して雇傭契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

2  訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一  雇傭の成立

被申請人は航空運輸事業を目的としフランス国法に準拠して成立した外国会社である。申請人は被申請人の日本人スチュワーデスとして昭和四二年八月に被申請人に雇傭されたものである。そして被申請人と申請人間において右雇傭契約の成立及び効力に関し準拠法として日本国法を適用するものとしている。

二  停年制と雇傭の更新

被申請人は日本人スチュワーデスの停年制について「停年は三五歳とする。本人は三五歳の誕生日のすくなくとも六か月前に要求を出して一年毎の延長を申し入れることができ、この場合には、四〇歳まで黙示的に更新される。しかし、本社乗務員本部が当人の全般的能力について不充分であると判断したときは、被申請人は更新を拒否することができる。」と定めた(就業規則第二部第一一章)。申請人は昭和一二年六月一七日に生れたものであり、本件雇傭関係につき二度にわたり一年毎の停年延長を受け、四〇歳にいたるまで雇傭を黙示的に更新される地位にあったものである。

三  更新拒絶の意思表示の成立

被申請人は昭和四九年五月一三日に申請人に対し書面を交付して同年六月一七日付をもってする同年度の雇傭の更新はこれを拒絶する旨の意思表示をした。

以上一から三までは当事者間に争いがない。

四  更新拒絶の理由

1  容姿

(一)  被申請人はスチュワーデスの容姿の重要性に関し客室乗務員の特殊性から容姿の美しさ及び若さを強調し、特に停年延長の決定的要因は「エール・フランスのスチュワーデスのイメージ」にそう容姿にあると主張する。そして≪証拠省略≫によると、被申請人が本社でスチュワーデスを募集する場合においては、その応募条件の一として、スチュワーデスの制服を着こなすすらりとした体型のものであること、そのために身長と体重の相関関係を一定の数値で示す基準を設定(例えば、身長一六五に対し体重は四九から五七まで、あるいは体重五三から六〇までに対し身長は一七〇など。)して、この基準を充たすものとしていることを認めることができる。しかし、右本社基準はあくまで本社の募集及び採用にかぎり適用されるものであり、その体位、体型において明確な格差がある日本人スチュワーデスの場合においては適用する余地のないことが弁論の全趣旨により明らかである。しかし被申請人のいわゆる「エール・フランスのスチュワーデスのイメージ」なるものがどのようなものであるかについて疎明はない。

たしかに航空会社の客室乗務員たるスチュワーデスの年令及び容姿が等閑視されるべきでないことは、被申請人が日本人スチュワーデスについて停年を三五歳とし、その後は一年毎の雇傭更新により停年を延長するが、それも四〇歳までとしたこととあわせて首肯しえないことではない。しかし、スチュワーデスの容姿などについては、被申請人をはじめわが国における内外の航空会社が各社とも柳腰又は八等身型ばかりを揃えているわけではなく、その容色、姿態、体型においてさまざまのものを擁し、おしなべて十人並であれば足りるといってよい実情にあることは公知の事実であり、ひとり被申請人だけが右実情埓外にあってなにかエール・フランスのイメージなるものを印象づけているとみることはできない。

(二)  被申請人の主張において、申請人の容姿上の難点として肥り過ぎが挙げられ、これに基づいてシルウェット、プロポーション、動作がとかくいわれているが、肥り過ぎであるとするについて客観的基準が示されこれに準拠していっているわけではない。ただ申請人が身長(単位センチメートル)一五八で体重(単位キログラム)が六〇もあるというだけである。そこで、申請人の体位についてみるに、≪証拠省略≫によると、この三年間における申請人の身長、体重は、昭和四七年一〇月一九日、昭和四八年七月二三日及び昭和四九年六月一八日の各測定値で、それぞれ一六〇に六〇、一五八に五九・五及び一五九に五四であり、いずれも申請人の平常健康状態時のものであることが認められるが、後記認定のとおり、昭和四九年六月における体重五四は申請人が従前から体重の減量に努めた成果であることを考慮すると、申請人は右体重測定値の上限と下限との中間値五七を保持する蓋然性が多いということができる。したがって申請人自身の標準体位は身長一五九、体重五七をもって示すことが相当であり、特段の事情のないかぎり、本件更新拒絶の意思表示がなされた当時(昭和四九年五月一三日)において申請人は身長一五九に対し体重は五七であったとみるべきである。

ところで、いずれも当裁判所に顕著な事実であるが、厚生大臣あて栄養審議会昭和四五年五月答申によれば、身長と体重の相関関係について、三五歳から三九歳までの日本人女子で身長一五九の場合において体重は下限値四四・三、平均値五三・六、上限値六二・九(いずれも答申結果における小数二位を四捨五入したもの)であり、また厚生省昭和四六年度調査によれば、三〇歳から三九歳までの日本人女子の身長、体重の平均値と標準偏差は、それぞれ一五一・四と九・九、五一・九と七・七である。したがって、申請人の体重五七は、同年令層同身長の体重平均値五三・六を三・四超えたものであるが、さらに二・六増量した場合においてもなお同年令層の体重平均値五一・九プラス標準偏差七・七の範囲を超えないものであることが明らかであるから、申請人が身長一五九に対し体重五七を維持するかぎり、申請人は同年令層の日本人女子の瘠せ型、肥満型のいずれでもない標準型に属するとみることができる。そして申請人は、その身長及び体重の数値上そうであるばかりでなく、当裁判所が見たところによっても、肥り過ぎも瘠せ過ぎもしないいわゆる中肉中背であるということができる。申請人が肥り過ぎだという被申請人の主張は理由がない。

(三)  被申請人は、また申請人のシルウェットが重苦しく、プロポーションが崩れ、動作が実際以上に緩慢に見えると主張するけれども、これら容姿上のとかくの非難は肥り過ぎを体重以外の観点から言い直したものか、あるいは肥り過ぎに起因する体型的状況を捉えていうものでしかない。しかし、本件更新拒絶の意思表示がなされた当時において、申請人が同年令層の日本人女子の体型の標準的範囲にあっておよそ肥り過ぎとはいえない体位を保持していたことはさきに認定したとおりであるから、申請人を肥り過ぎであるとしたうえでの容姿上の右の非難はその前提を欠くものであってもとより不当である。被申請人の右主張も理由がない。

(四)  被申請人は、さらに申請人の容姿が年とともに衰えてきたと主張する。しかしながら、女子は二五歳を過ぎると年年容姿が衰えるようになることはみやすい道理であり、かつ、被申請人は日本人スチュワーデスの停年三五歳を一年毎の雇傭更新により四〇歳まで延長する建前であるから、問題は申請人の容姿の逐年の衰えが三五歳から四〇歳までの年令階級相応のものを超えてもはやスチュワーデスの勤務に適合しない程度の著しいものに至っているかどうかであるところ、当裁判所において見分するかぎり、申請人の顔立ち、体付きはその年令に相応するものであるとみる。被申請人の右主張も採用しがたい。

(五)  被申請人は、申請人の容姿などについて申請人に対し再三注意し、ときには雇傭の更新を拒絶する場合もありうることを警告したが、結果は失望すべきものであったと主張する。そこで≪証拠省略≫をあわせると、申請人は、昭和四七年及び四八年当時においては体重が同年令層同身長の前記平均値五三・六を大幅に超過して六〇辺に達し、そのため乗務検査員が昭和四七年八月におこなった採点では、容姿について「体付きはずんぐりとして、脚は太過ぎ、制服がはちきれそうである。」として、シルウェット、歩容、化粧の三項目につき不可とされ、また昭和四八年二月におこなった定期評定では、身体上の面について「シルウェット、歩容、動作が重苦しく、この職業に適合しない。」としたうえ、概評において「容姿のことを改良するために必要な努力を怠っている。」といい、「容姿の点がますます重大な否定的要素となっている。」という手きびしい批評が記入され、そして直直には本社客室乗務員本部において一回、日本支社客室乗務員課長(河合某)から二回、そのつど体重の減量に努めるように助言され、同年五月本社医務室から投薬を受けて服用するに及んだものの、薬の副作用が出たりして結局食餌療法などを志向するよりほかない状態で推移したのであるが、引き続き体重の減量に篤と努めた結果、昭和四九年六月一八日の計量で体重五四を記録し、スチュワーデスの制服を着こなしていることが認められる。申請人は体重の減量につき格別の努力を払ったことはないという趣旨の供述をするけれども、この本人供述はたやすく措信できない。しかし申請人が容姿の点で雇傭更新を拒絶される場合のありうることを警告した旨の被申請人の主張事実を認めうる疎明はない。

右にみたとおりであるから、被申請人がいまにおいてなお昭和四七年八月及び昭和四八年二月の各採点及び評定の結果を墨守し、これに拘泥するのは、体重六〇が五四に減量した現実に強いて眼を蔽うたぐいであるというのほかはなく、身長一五九に体重五七という申請人のいまの体位について失望する理由はさらにないといわなければならない。被申請人の右主張も採用しがたい。

2  勤務成績

被申請人は、申請人の勤務成績について、勤務経験の長い割には水準を下回る成績であり、能率も上っていないなどと主張する。なるほど≪証拠省略≫によると、昭和四八年二月に実施された勤務成績定期評定では、職務遂行の項目において「仕事ぶりはときとしてマンネリに陥入る嫌があって、機械的であり、ときには緩慢でさえある。」といい、性格の項目において「持続性がない。ときには他の乗員とのチームワークがうまくいかないという問題があった。」といったような評価が記録されていることを認めることができる。しかし≪証拠省略≫をあわせると、申請人の搭乗勤務について、乗務検査員が昭和四七年八月に三〇項目につき四段階(優、良、可、不可)評価方式採点をおこなった結果、優一一、良一六、に対し可は三だけ(微笑、社交性、フランス語の三項目)であり、また昭和四八年二月におこなわれた勤務成績定期評定の総合的概評においては、前記項目別評価にもかかわらず、「職務遂行の点」では問題がなく、ただ申請人の「年功を考えると、もっと良くなっていてもよいはずである。」としながらも、「全般的な結果は満足すべきもの」と評定され、しかも本件更新拒絶の意思表示を通告する書面のなかにおいてすら、被申請人の自認することがらとして、申請人が「ある種の親切な資質をもっている」こと、申請人の勤務成績に関するかぎり、スチュワーデスとしての「職務遂行上不都合があるわけではない」ことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫そうすると、申請人は、その勤務成績についても、本件停年延長の雇傭更新上間然するところがないといわなければならない。

五  更新拒絶の効力

被申請人は、前記認定のとおり、日本人スチュワーデスの停年延長の雇傭更新に際して、本社乗務員本部が当該スチュワーデスの全般的能力について不充分であると判断したときは、その更新を拒絶することができるのであるが、このような更新拒絶権を行使するにあたっては、解雇の場合に準じて、苟も恣意に流れ濫用に陥入ってはならないのであって、固より客観的に合理的理由が存することを要するものと解するのが相当である。本件更新拒絶の理由として被申請人の主張する申請人の容姿及び勤務成績上の難点なるものは、右四に説示したところにより、その理由としていずれも是認するに足りないものであることが明らかである。

因に、申請人は、すでに昭和四七年及び四八年にそのつど一年毎に雇傭更新により停年を延長されてきたことは当事者間に争いがなく、当時体重六〇辺をマークし、とくに昭和四八年二月におこなわれた勤務評定では容姿について「シルウェット、歩容、動作が重苦しく、この職業には相容れない。」などとかなり手きびしい評価を受け、そのために一再ならず上司の助言を煩わし、ついに同年五月には薬の服用を奨められ、「容姿の点がますます重大な否定的要素となっている。」状態にあって体重の減量が当面の重要課題であったにもかかわらず、同年六月に当然のことのように雇傭更新を経ていることが前記認定により明らかであるから、被申請人が申請人の従前の雇傭更新に際して右のような容姿上の難点を理由にその更新を拒絶するようなことは勿論無かったわけである。ところが、昭和四九年度の本件雇傭更新に際しては、右のような容姿上の難点をその更新拒絶の理由に構え、しかも体重が六〇から五七に減量されているのになお容姿上の難点があるとするのは、いかにも唐突、豹変の機相を呈する仕業であると申請人ら日本人スチュワーデスに請け取られている(≪証拠判断省略≫)のも無理からぬところといわなければならない。

以上述べた理由により、本件更新拒絶は、被申請人が申請人に対してその更新拒絶権を濫用したものとして、もとより法律上の効力を生じないものと解すべきである。

六  保全の必要

本件更新拒絶により申請人と被申請人間の雇傭契約が昭和四九年六月一六日をもって終了したものとして、被申請人が申請人に対して同月一七日以降における雇傭契約上の地位を認めないことは当事者間に争いがなく、被申請人はフランス国営の航空会社であり、申請人はこれに雇傭された一介のスチュワーデスである。このような事情のもとにおいては、特段の事情のないかぎり、申請人は著しい損害をこうむる虞れがあるから、本案判決が確定するまで申請人が本件雇傭契約上の地位にあることを仮に定める必要があるというべきである。

よって、申請人の本件仮処分申請は、被保全権利及び保全の必要性について疎明があるから、申請人に保証を立てさせないので、これを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中川幹郎 裁判官 原島克己 裁判官 大喜多啓光)

〈以下省略〉

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